11月15日にお知らせしたブローチ、レシピがかけたので、今日原稿を書くので今週中にアップします。
とても作り安いので、ビーズ刺繍が
苦手な方も、作って頂けると思います。
早いもので、もう12月ですね。
今年は色々な事がありすぎました。
今週は、久しぶりに婦人科の診察でした。
ケイガンの検査と、超音波で状態を見て、血液検査をしました。
9月は、乳ガンの検査にいき、異常なしでした。
私は、治療の為に薬を長く飲んでいたので、他の人より色々な病気のリスクが高くなってしまいました。
術後の今も薬を飲んでいます。副作用は色々あります。
上手に付き合うしかないですね。
それでも、時々
突然おこる激痛は
なくなりました。
私は、自分が慢性の病気になって
辛い経験もしましたが、
何もなく、健康でいたら気付けなかった事が沢山あるように思います。
だから、病気を受け入れる事で楽になりました。
今まで、自分の体を気にせず無理をしてでも、制作活動や、依頼を受けた仕事を優先してきましたが、そろそろ
わがままに、自分の体に気をつけて
過ごしたいのと、
モカとの時間も、大切にしたいと思います。
実は、アメリカのbeads & button show から、インスタグラムを薦められ、はじめる事にしました(>_<)
私、こういうのが
苦手です。ブログもいっぱいいっぱいです。
ただ、動画もアップできるので、それは良いかと思いました。
モカに頑張ってもらいます(笑)
インスタグラムのアプリを携帯にインストールしていれば見られます。
自分のページを作らないでも、大丈夫です。
hiroe takagi beads fan
で、検索してください。
モカ頑張っています(笑)
ここ数日、体調も悪く
目が痛くて、ちょっとパソコンメールは見られずでした。
今回は、父の事を書かせてください。
父が亡くなって2週間が過ぎました。
今でも信じられないままです。
ふと、
帰ってくるような、そんな気がして。。。
でも、遺影を見ると、現実なんだと
辛くなります。
毎日、おつとめ(お経をあげる事)をするようになりました。
仏教高校に通っていたので、お経をあげられます。
父の母、私にとっては祖母ですが、
祖母が亡くなった時、
毎日
皆でお経をあげていたこともあり
その時の事を思い出します。
父はどんな気持ちでお経をあげていたのだろうか、と
私と同じ様に
もっと話しておけばよかった、とか
もっと気をつけてあげればよかった、と
後悔していたのだろうかと。
おつとめをしていると、モカが後ろにいつもいます。
何か、感じるものがあるのでしょうか。
私も振り返って静かに座っているモカをみて
びっくりしました。
今は、色々な事を思い出しながら
泣いてしまいますが、我慢しないことにしました。
お通夜も、お葬式も家族だけで、という父の希望で
報告が後日になり、来客が多く
皆様、元気だった父が突然こんなことになった事に
大変驚かれていました。
父は、古武道をしていたのですが
師範代として近くの中学校で教えていたそうです。
10月7日には、京都の平安神宮に奉納演武にいくつもりで
準備をしていました。
大阪に帰った時に、時々、道場でのことや
演武にあちこち行った時の話をしてくれました。
82歳で、長い棒を振り回す老人は、有名だったそうです。(笑)
時々、
本当に82歳ですか?と、聞かれると
笑って話していました。
亡くなる2日前も道場に行き
1週間前には四国に巡業に行っていたそうです。
11月に大阪に帰るから、その時に話すからいいか、
と、
気にもせず、電話で話すこともなく
こんなことになってしまいました。
私は、それが悔やまれて、残念で。
きっと、言いたいことがいっぱいあったのに
聞いてあげられなかった。
日ごろ、あまり話さない父ですが
私には、母の小言を笑いながら話していました。
11月に帰ることは、早くから伝えていたので、
私が帰ったら言いたかったこと、沢山あったと思います。
毎日、おつとめし(お経をあげ)ながら、
写真の父をみて
もう返事をしてくれない父を、思っています。
10月5日、私の父が突然
亡くなりました。
いつものように、外出から戻り
ソファーに座って
眠るようにしていってしまいました。
庭の植木の手入れをしていた母は、
いつもなら、植木の枝を集めて捨てる為に手伝ってくれるのに、なかなか来てくれないので、おかしいと思い、家の中でソファーの上で寝ている父に声をかけようとしたら、様子がおかしい事に気付き、直ぐに救急車を呼びました。
病院で、30分も意識回復の蘇生処置をしましたが、全く意識は戻らず、
そのまま2時30分に、亡くなりました。
5日の金曜日の夕方
いつものように過ごしていた私に
母から連絡があり、ただ、
ただ驚いて、涙が止まらず何もできませんでした。
ブログを書いていなかったので
お葬式もすんで、おちついたから、大丈夫かと思っていた今も、涙が止まらないです。
土曜日、父はエンバーミングをして貰い、綺麗にして貰って戻ってきました。
私は土曜日の午前中は打ち合わせがあり、それを済ませてから、急いで大阪に向かいました。
新幹線が大阪に近くなると、涙が止まりませんでした。
実家がある堺はちょうどだんじり祭りで、ごった返していました。
葬儀場に着くと、もう父は戻っていました。寝ているような父の顔をみて、
本当にもうこの世の中には、いないのだと現実をつきつけられ、悲しくて、悔しくて、壊れそうでした。
本当に寝ているだけじゃないの?
そんな顔をしていました。